「母の日の由来」-湘南台バプテスト教会

母の日の由来

牧師 坂元 俊郎

 1864年5月1日、アメリカ合衆国のウエトヴァージニア州のウェッブスタという町に住んでいたグラヴィス・ジャービスとアン・メアリー・ジャービス夫妻に9人目の子どもアンナが生まれます。一家は翌年同州のグラフトンに引越します。
(<-写真は母アン)
 アンナはこの地で幼少時代を過ごします。 1876年、アンナが12歳の時に、彼女の一生を決める重要な出来事が起こります。日曜学校をしていた母親のアン・メアリーがモーセの十戒の「なんじの父と母を敬え」というお話をしていました。最後に母のアン・メアリーはお祈りの中で、お母さんへの感謝を表すためにはどんなことをしたら良いか、神様教えて下さいと祈りました。(写真は娘アンナ->)
その祈りは心に残ったままでした。やがてアンナはその後にオーガスタ女学校を卒業し、幼少時代を過ごしたグラフトンで小学校の先生をします。1902年には父親が亡くなり、1905年には母のアン・メアリーも亡くなります。この時にアンナは子ども時に聞いた母親の祈りを思い起こし、母の祈りをかなえることを決意します。
 1906年母の死後1年目に、初めてのマザーズデイ<母の日>をグラフトンの教会で行ないます。アンナは500本のカーネーションで教会を飾り、教会のお母さんたちの労苦に感謝する式を行いました。以降毎年、このカーネーションは母の日のシンボルとなりました。

1908年にはアメリカのデパート第一号店を作った事業家ジョン・ワナメイカー氏がデパートで母の日の催しを行いました。母の日は商業化されて世界に広がるきっかけとなりました。
 
 1909年にはアメリカ44州(ハワイがまだ州になっていなかった)、プエルトリコ、カナダ、メキシコ、でも「母の日」を祝う行事が教会以外でも行なわれるようになりました。

   1914年には5月第二日曜日を母の日とする祝日の法案が当時のウィルソン大統領によって署名されました。このころから日本のキリスト教会でも日曜学校や礼拝の中で母の日が祝われます。しかし一般の人々まで広がるのは1950年以降の戦後になってからです。

 

アンナの墓碑。「1864年5月1日〜1948年11月24日:母の日の設立者」とある


 

アンナの手紙も保存されている

ウェストヴァージニア州の生家