レター・ヘッド  : 湘南台バプテスト教会

今週のレター・ヘッド2015年4月


2015年4月26日(日)  多神教の世界へ〜第1回伝同旅行〜
  牧師 坂元 俊郎

 今日は使徒言行録13章を学びます。パウロとバルナバは、キリストへの信仰とその福音を携えて、ローマ世界へと出ていきます。

1)「ゼウスと呼ばれ、ヘルメスと呼ばれる」(使徒14:12)

 バルナバはゼウスと呼ばれ、パウロはヘルメスと誤解されます。ヘルメスはギリシャ神話の弁論の神、ゼウスはギリシャ神話の最高神として崇められていました。バルナバの誕生地キプロスは愛と美の女神ヴィーナスの誕生地でもあります。ギリシャ世界は神話の故郷、多神教の故郷でもありました。いわば鎌倉等のように仏像もあれば銭洗弁天もあるような、多神教の地でもありました。彼らは多神教社会の中で戦い続けたのです。

2)総督、魔術師、ユダヤ人との出会い(使徒13:7〜9)

 バルナバとパウロは約4年間の第1回伝道旅行で、総督、魔術師、ユダヤ人たちと出会います。総督は政治家、魔術師エリマは反対者、ユダヤ人は同民族ですが、迫害者でもありました。異邦人とユダヤ人は土地の指導者と一緒になって、乱暴を働き、石を投げつけたとあります。また迫害を加えて、ピシディアのアンティオケの町から二人を追い出したとも記されています。パウロとバルナバは様々な難を避けながら、しかし聖霊に励まされ、満たされて伝道を続けて行ったのです。

3)「信仰に踏みとどまるように励ます」(使徒14:22)

 バルナバとパウロは舟で海を渡り、ラクダに乗って荒野を超え、飢えや寒さを経験し、自分で働きながら伝道を続けました。説教した場所はユダヤ教のシナゴーグ(会堂)でした。彼はイエス様の十字架や復活について証しをし、異邦人もユダヤ人も無く神は人を愛することを伝えました。そして人々を励ます人でもありました。「弟子たちを力づけ、多くの苦しみを経て神の国に入ること」や「固い決意をもって主から離れることのない ようにと皆に勧めた」(使徒11:23)のです。 試練の中にある人々と共に生きる神は、十字架の苦難のキリストであることを語ったのです。



2015年4月19日(日)  協力伝道の見本
  牧師 坂元 俊郎

 4月から「使徒言行録」を学んでいます。 今日はアンティオキア教会とバルナバの働きについて書いてみましょう。

1)バルナバの協力

 アンティオキア教会及びエルサレム教会に、パウロを仲介したのは、バルナバでした。最初エルサレム教会の人々から、パウロは怖がられて信頼されなかったからです。バルナバは迫害を逃れて故郷タルソスにいたパウロを必死で探し、ついに捜し出してエルサレムやアンティオキアの人々に紹介したのです。バルナバは「立派な人物で、聖霊と信仰に満ちていた」と記されています。バルナバの助けはパウロの使命を再確認させたことでしょう。

2)教会間の助け合い

 アンティオキア教会は、キプロス島出身の人々とキレネ出身の人々によって開始されました。彼らはエルサレムで育ち、迫害に遭い、アンティオキアにやってきたのです。彼らは異邦人に伝道し、その数は増えていったのです。このアンティオキア教会のうわさを聞いて、エルサレム教会の人々は、バルナバを派遣したのです。エルサレム教会の祈りと支援で教会は成長していきました。わたしたちの教会も500万円の支援を連盟諸教会より受けました。相互支援こそが教会を成長させていくのです。

3)教育と物資の援助

  バルナバとパウロは一年間一緒にアンティオキアに留まり、多くの人を教えたと記されています。生まれたばかりの教会での教育は大変であったと想像されます。またエルサレム教会が飢饉に遭遇し、混乱に陥った時にアンティオキア教会の人々は、物資をエルサレム教会へ送ります。援助の手を差しのべたのです。その物資を持ってバルナバとパウロはエルサレム教会を訪問したのです。日本バプテスト連盟は、震災の支援に相互の協力を果たし続けています。それは現代の使徒言行録の実践とでもいえるものです。励まし慰め、力づける働きはイエス様の愛を示す働きです。



2015年4月12日(日)  パウロの回心
  牧師 坂元 俊郎

 伝道者パウロの回心の部分を学びます。神学者ゲルト・タイセンはパウロの回心について興味深い論文を、「イエスとパウロ」に掲載しています。

1)寛容なファリサイ主義への共感:アイデンティティーを求めて

 タイセンによると、「彼(パウロ)はディアスポラからエルサレムへ、自分のアイデンティーを探しにやって来ました。彼はファリサイ人になり、まず彼は寛容なファリサイ派の影響のもとに立っていましたが・・」と説明します。他民族に開かれローマの市民権を持ち、自由な気風の町タルソスでパウロは育ちました。彼は自分のアイデンティティーを求めて、15歳前後でエルサレムに移り、ガマリエルの寛容なユダヤ教に触れたのです。

2)信仰的誠実と熱心が過激にさせる

 さらにタイセンは次のように書いています。「その後、逸脱的なユダヤ教の少数派に対して弾圧を加えることによって、律法を貫徹させようと欲し、ファリサイ派の内部で『熱心な者たち』に加わりました。」と。パウロは寛容なユダヤ教からもっと厳格で律法を遵守するファリサイ派に加わり、やがてタイセンによるとパウロはファリサイ人の熱心を「凌駕した」と考えるようになったというのです。タイセンによると、パウロは一種の「ユダヤ教原理主義」者になったのではないかと語っています。厳格なファリサイ主義と過剰な同一化を求め、厳格なファリサイ主義から逸脱する初期キリスト者を弾圧する過激主義に走りました。

3)律法への反抗と自己の抑鬱:律法主義からの解放(4:28)

 なぜこのような熱心と暴力的な弾圧主義になったのかの原因について、タイセンは次のように書いています。パウロには、「人間を奴隷化し、虜にしているのでそこから解放されなければならない律法に対する反抗と、人間が満たすことのできない聖なる律法に直面しての抑鬱的な自己蔑視の両方」が併存していると書いています。そしてパウロにとってキリストとの出会いは、この両面が赦されている、律法を破り続けている「暗い側面」にキリストが立っているという体験であったというのです。パウロはは律法主義から自由になったのです。





2015年4月5日(日)  キリストの証人となる
  牧師 坂元 俊郎

 新年度が始まりました。今年の主題は「伝道」です。福音をこの地域の方々に伝えることを年間の活動と祈りの中心に置きたいと思います。

1)生きて働く主に出会うこと

  使徒言行録では、「彼らに現れ、神の国ついて話され、食事を共にした」という記事で宣教が始まります。伝道するためには、キリストの現れに出会う経験や神の国ついて知り感動すること、 食事(主の晩餐)の意味を深く体験することが大切です。キリストとの出会いは私たちに深い喜びや赦しを経験させ、晩餐式は十字架、復活、再臨の希望をも経験させてくれるものなので す。これらの感動と喜びが自然と流れ出る時に主の証人となるのです。

2)エルサレムを離れない

 使徒言行録では、「エルサレムから離れず・・・父の約束されたことを待ち望み・・」とあります。 エルサレムから離れないとは、現代的言えば教会を離れないと言って良いかもしれません。キリストの体である教会を離れず、絶えず御言葉を受け、共に祈り、聖書を学び、賛美して力を得る場である教会を離れないことです。又自分勝に走り出さずに忍耐深く、神の言葉を待ち、行って語れとの使命が人間からか神からか良く吟味することです。多くの教会員のアドバイスを参考にしつつ、宣教を開始するのです。

3)聖霊の働きによって

 使徒言行録は「あなたがたは間もなく聖霊による洗礼(バプテスマ)を授けられる」と記しています。宣教は「聖霊の働き」であることが幾度も語られます。聖霊は語るべき内容を教え、聖霊は語るべき機会を教え、聖霊はいかに語るかを教えます。 伝道と迫害は同時に起こることを使徒言行録は語りますが、その迫害に耐えさせるのは、 人間のやる気や本気や熱血や意思力ではなく、聖霊の力であり、 聖霊の励ましであり、 聖霊の導きであることが語れます。本来人の改心や悔い改めもまた。証人や伝道者によるのではなく、聖霊の力によることが書かれています。聖霊の働きを願い求めましょう。。