レター・ヘッド  : 湘南台バプテスト教会

今週のレター・ヘッド2014年6月


2014年6月29日(日)  カイン:弟殺しの罪人
  牧師 坂元 俊郎

 今日は創世記4章を学びます。罪に落ちたアダムとエバに子どもが与えられます。 しかし兄カインは弟アベルを殺害する罪を犯します。

1)「どうして怒るのか。」:怒りから罪へ(4:6)

 すぐ浮かぶ疑問は、「神は二人を平等に愛しないのか」と言う疑問です。しかし問 題は、カインは神にその疑問を尋ねることもなく、怒りを発してしまうのです。もっと丁 寧に弟アベルや神ご自身と捧げ物と捧げる心について、聞いてみることでした。カイ ンは怒りを内面に仕舞い込みます。神様から怒りを自ら支配するようにと言われま すが、彼はこの怒りをコントロールし、心を落ち着かせることは出来ず、怒りは殺害 へと発展してしまいます。

2)「アベルを襲って殺した」:怒りから殺人へ(4:8)

 神の前で怒りを現すカインは、弟アベルを殺害します。彼は野原でアベルを殺害し ます。神はカインの行方を問うのですが、「知りません。私は弟の番人でしょうか。」 としらを切ります。この言葉は、家族関係を切断し、自分の罪を誤魔化し、神の前で 嘘をつくことになり、絶望的で虚無的な心を現している言葉です。このように殺人の 重罪を犯したカインは、創造主である神の前に罪人として立つのです。人はこの様 な深い罪責を負う者であることを、聖書は示しているように思います。罪人である人 間の本質は今も変わりません。

3)「罪が重すぎて負いきれません」:罪の自覚と神の愛(4:13)

 神は「カインは地上をさすらう者となる」と語ります。カインは神のこの言葉に対し て、「わたしの罪は重すぎて負いきれない。わたしは地上をさすらう者となり、わたし を人々は殺すであろう」と語ります。カインは人からの殺害を恐れ、人々からの追放 を恐れ、殺害される恐怖の中で生きる者となることを自ら語ります。しかし神はこの ようなカインさえも守ります。「カインを殺す者は、誰であれ、7倍の復讐を受ける」と 語り、カインを撃つことがないように、カインに「しるし」をつけるのです。殺人者カイン にも神は守りの約束をするのです。神はカインさえも愛し抜く、愛(ヘセッド)の神なの です。



2014年6月22日(日)  人間の堕罪
  牧師 坂元 俊郎

 今日は創世記3章を学びます。この章はとてつもなく大切な章です。それは人の 罪、律法の大切さと限界、キリストによる贖いなどにも繋がるものです。

1)「神は本当に言われたのか」(3:1):そそのかしの言葉

 誘惑する者は、人の純粋さや無垢な人間に、一粒の致命的な毒を人の心の中に 投げ込みます。不明瞭な疑問形で、強制することなく、動揺と不安を呼び起こし、人 自らが罪を犯すように、そそのかすのです。「決して死ぬことのなく神のようになる」 ことに、魅了された人間は、禁忌を犯してしまうのです。彼は自らの裸を知り、自らを 隠し、木の間に隠れ、神を恐怖する人間へと変化してしまいます。恥部を覆い隠す 人間は、このようにして生まれたのです。

2)「あなたはどこにいるのか」(3:9):神の問いかけ

 知で人は自分を隠せると思っていたのですが、自分の恥を知り、木の間に自分を 隠すものとなりました。彼は自分の禁忌を破った罪を隠し、自分が神の前に裸であ ること(罪のままで神の前にいること)を恐怖し、うろたえ、臆病となって生き始めまし た。このような人に、神は「どこにいるのか」と問いかけるのです。人はさらに、禁忌 を破った事を、神とへびと女に責任転嫁し、自ら責任を認めず、自らの主体性を神 の前で放棄してしまいます。結果として、誘惑者のヘビも、男も、女も、「呪われたも の」として生きるようになります。

3)「彼をエデンの園から追放し」(3:23):神との永遠の断絶

 「彼」とはここでは「人」と言うもの、男も女も含めて「人間」は神と共に住む楽園か ら、追放されてしまうのです。人は神の面前を去り、もはや神と共に住むことはでき ず、神と共に生きる喜びは永遠に失われてしまうのです。更に、神は「命の木に至る 道」を塞ぎ、人が自ら永遠の命を得ることができないようにします。これは聖書は人 の命も、存在も、生も、正義も神の賜物である事を示しており、人が決して自分で創 造し、神から奪い取り、神の如くなることによっては、生き得ない存在であるという、 徹底した被造性を示しています。命も救済も正義も永遠の命も神の賜物なのです。 人は徹底して被造物です。



2014年6月15日(日)  賛美歌への献身
  牧師 坂元 俊郎

 昨日は、トリオディベールの方々の特別集会、また今日は小松澤先生の賛美と研 修の時を持ちます。私の経験から教会音楽について書いてみます。

1)夕暮れの賛美歌

 昔良く私たち夫婦は、高齢者ホームの夕礼拝に出席しました。ヴェスパーと呼ば れたその集会は、80歳〜90歳の方々のみで行われる夕礼拝でした。窓から差し込 む夕日の中で、声も小さく、音程も不確実で、物静かな礼拝でしたが、高齢となり、 死を身近に感じながらも、賛美できることは本当に素晴らしい事だと思いました。車 いすの方、杖をついて歌う方など色々でしたが、最後まで賛美歌を歌い続け、神の 国を仰ぎ続ける者は、本当に幸福なものだと思います。

2)社会形成としての会衆賛美

 「最も素晴らしいクワイアは、会衆賛美である」とは大谷レニー先生の言葉です。い わゆる聖歌隊の質も向上しなければなりませんが、会衆の賛美の質を引き上げて 行くことは大切な課題です。それは自分のために歌うということを越えて、他者のた めに賛美する賛美を育てることです。賛美しつつ、苦しみや悩みの中にある友、病 んでいる人々を思い起こしながら、祈りをもって賛美するのです。その意味で、会衆 賛美はキリストが主であることの共同宣言となり、主は「われわれの主」となるので す。会衆賛美は「社会」を形成します。

3)賛美歌への献身

 賛美歌には、歴史や背景があります。作曲者や作詞者について学び、検証してみ ること、翻訳と原詞と比較してみること、賛美歌作家や作詞者の教派的な背景を知 ることは、大変大切です。1曲の賛美歌の作曲と作詞には深い体験や信仰の覚醒の 経験があったりすることが多く、こんな状況の中でこの賛美歌は作曲されたのかと、 深い感慨を与えてくれるものです。賛美歌作曲家の通っていた教会、賛美歌作詞者 のお墓など、パソコンを使って調べることもできます。これらもまた、信仰の歴史や豊 かさに触れさせてくれます。賛美歌へと私たちを献身させて下さる主に、感謝を捧げ つつ、今日も賛美を続けましょう。



2014年6月8日(日)  人の創造〜神と人〜
  牧師 坂元 俊郎

 今月は創世記を学んでいます。今日は人の創造とエデンの園の様子を描いた部 分(2章の前半部分)を学びます。

1)子どもの死と命

 厚木市で子供に食べ物を与えず、餓死させる事件が起こりました。妻が家を出て 行き、新しい恋人に夢中になってしまったとの理由でした。子どもの命を大切にする ことができなかったのでしょうか。市や行政も深く関与することができないままであっ たと思われます。現代の私たちが、命をどのように共有するかという、命への関わり には限界があることは事実ですが、社会のシステムや行政のあり方をも問いかける 事件であることは事実です。

2)命の息を吹き入れる

 神学者ボンヘッファーは「現代は成人した世界である」と言いました。つまり現代の 人間は、神と言う親から自立し、独立して行くことが最も良き生き方であり、神という 親から、分離して生きることこそが、本当の生き方なのだと考えているというのです。 しかし、聖書は「神の命の息」を吹き込まれて、初めて「生きる者となる」と語ります。 神の霊を受け、神と共に生き、神の言葉に服従することなしには、生きることにはな らないと語ります。人は神との関係を保ちつつ生きる時に、初めて生きることができ るのです。

3)エデンの園から始まり、終末の神の都へ導かれる人間

 エデンの園は、神と共に住み、豊かな水と植物や動物にあふれ、豊かな木の実が なり、調和にあふれた世界として描かれています。それは、人が神と共に住む平安 の場所であり、永遠の安住の地を意味しています。人が神と共に住む地を「神の 都」、「主の都」、「聖なる都」、「聖なるエルサレム」、「新しいエルサレム」、「神の 国」、「天のみ国」とも呼んでいますが、エデンの園もこのような国と同じ意味を表現し ているのです。神は罪に落ちた人間をもう一度エデンの園、神の国へと回復して下さ るのです。私たちの人生はエデンの園から始まり、罪を贖われ、新しいエルサレム へ導かれていく人生なのです。



2014年6月1日(日)  創造された喜びを生きる
  牧師 坂元 俊郎

 今週から創世記を学んでいきます。今日は1章を学びます。この個所は、聖書66 巻全体を貫く大切な個所です。創世記1章について書いてみましょう。

1)喜びに満ちた言葉たち

 1章は創造の喜びで満ちています。神の霊が混沌の上を動いていること、神の言 葉が創造を引き起すこと、天地や動植物が創造され、さらに人を創造して世界を管 理する使命を与えます。神は創造されたものを見てはなはだ良かったと宣言されま す。創造された世界は、神の喜びが満ち溢れた世界であることを示します。具体的 な我々の世界は不条理、混乱、戦争、殺害、憎しみ、罪、争いが満ちています。しか し聖書はその始まりは神の喜びであったと語ります。

2)空間(スペイス)と時間(タイム)の創造

 神は天地を分けて空間を創造します。世界は広い空間の中で神の被造物が生き る場です。神が創造した空間に人は生き、空に鳥が飛び、海の水の中に魚たちは 泳ぎます。空間は神の愛の場であり、神の栄光が満ち溢れます。さらに夕となり、朝 となり、一日が過ぎて行きます。これが繰り返されて、時が過ぎて行きます。神は時 間を創造し、創造の歴史と時間が動き始めます。神はこのようにして「時」を創造す るのです。時は人間のものではなく、神の被造物です。ですから「時」もまた神のみ 旨に沿って用いられる必要があります。

3)大地と海と空の創造:エコの時代に

 神は大地に木や実をならせ、海に魚たちを泳がせ、空に鳥たちを創造します。大 地、海、空は神の創造物です。   そこには神の栄光が満ち溢れているのです。人は それを支配(管理)するように、神から使命を与えられています。決して人の思うまま に使い、人の慾望を満たすために自然を用いてはならないのです。福井地裁が大 飯原発の再稼働差し止めの判決を下しました。この判決は大きな反響を起こしまし た。福島原発のメルトダウン以来、事故が起こればどんなに自然、町、人間そのも の、共同体、動物、環境を破壊するものであるかが、問われるようになりました。エ コ社会の主は、創造主なる神です。