レター・ヘッド  : 湘南台バプテスト教会

今週のレター・ヘッド2014年5月


2014年5月25日(日)  決算総会を迎えて〜財務上のビジョン〜
  牧師 坂元 俊郎

 本日は決算総会を迎えます。共に参加し2013年度を振り返ってみたいと思いま す。今日は決算総会について考えてみたいと思います。

1)収入、支出、信仰の喜び

 教会への献金は信仰の喜びの表現です。悔い改めの喜び、家族や仕事が支えら れている喜び、入学や卒業の祝福の喜びが献金のスピリットを生んでいくのです。  また支出も宣教の喜びから始まります。イエス様の愛を体験し、心からイエス様に愛 されている喜びを伝えたい思いが、教会の財政上の支出を生んでいくのです。  それは教会の収入も支出も強制されてではなく、渋々でもなく、キリストの十字架の 愛の経験から生まれるのです。私たちの教会の収入と支出の決算について審議し ますが、審議の中で信仰の喜びが垣間見えると嬉しいと思います。

2)バランスと弾力性のある財政管理

 教会への献金は信仰の喜びの表現です。悔い改めの喜び、家族や仕事が支えら れている喜び、入学や卒業の祝福の喜びが献金のスピリットを生んでいくのです。  また支出も宣教の喜びから始まります。イエス様の愛を体験し、心からイエス様に愛 されている喜びを伝えたい思いが、教会の財政上の支出を生んでいくのです。  それは教会の収入も支出も強制されてではなく、渋々でもなく、キリストの十字架の 愛の経験から生まれるのです。私たちの教会の収入と支出の決算について審議し ますが、審議の中で信仰の喜びが垣間見えると嬉しいと思います。

3)財務管理の実務

 新しく厚生年金制度が導入されました。事務処理は多少増えてきていると言えるで しょう。また会計処理はコンピューターで行いますので、便利さと専門性の両方があ るように思います。また正確な伝票処理等は手作業で行いますので、正確さが求め られていると思います。会計の実務の皆さんには感謝を申し上げたいと思います。 私たちの教会も20周年を迎え、 たくさんの伝表や帳簿類が残されています。適切な 保管が求められるようになりました。  財務の実務のためにも、協力できるように祈 りましょう。私たちの教会に神様はどんな財政上の豊かさを与えようとしておられる でしょうか?決算総会で神のビジョンを見たいものです。



2014年5月18日(日)  ふじみ教会での奉仕感謝
  牧師 坂元 俊郎

 先週は神奈川連合の教会の1つであるふじみ教会(平塚市)に招かれて、説教を させて頂きました。感想を書いてみます。

1)祈られ、育てられて

 私は神学生の時代に夏期奉仕でふじみ教会を御手伝いしました。それは37年前 のことです。田口牧師、城前牧師、田口先生の奥様になった野中神学生、現在シン ガポール宣教師の伊藤世里江宣教師の5人で奉仕しました。 当時6畳の部屋で礼 拝し、竹藪を払って映画会をしました。現在は礼拝100名を超える礼拝を行っていま す。又私と坂元幸子牧師(藤沢バプテスト教会)が、御世話になったY夫妻一家とお 会いすることは本当に嬉しいことです。今でもこのように良き交わりを頂いていること に、感動しています。祈り、祈られ、人は育つのだと心から思い、礼拝を感謝しまし た。

2)弱さを知る者が集う群れ

 現在は、ふじみ教会は犬塚 契牧師が牧会されています。彼は次のように話してく れました。「障害を持った方々が、自分もここに居ていいのだと安心して思える教会 にしたい」と。実際に礼拝の献金の祈祷の時と昼食の時に、脳梗塞で言葉を失いか けた方が祈りと話しをして下さいました。たどたどしい祈り、決してすらすらではあり ませんでした。しかし皆さんがたのしく聞いておられる姿が印象的でした。「ちゃんと すること」を期待しがちな私たちですが、共に生きるということを、第一にしておられ る事が、私には嬉しく感じられました。

3)どん底を経験して

  帰りは犬塚修・美佐子夫妻と話す機会がありました。実は修先生とは30年以上親 しくさせて頂いています。先生は神学校卒業時に、新しい招聘先が無くて一年待機し なければなりませんでした。次々と任地が決まって行く同級生たちの中にあって複雑 な思いであったと推察します。その待機中の一年は忍耐の一年であったそうです。 妻の美佐子さんはどん底を経験したから、何でも耐えていけると思われたそうです。 伝道者としての始まりはそのような始まりでした。私は犬塚夫妻にお会いするたび に、自分の神学生時代を懐かしく思い起こし、信仰の原点に帰ります。ふじみ教会 の成長した姿は、私に大きな励ましを与えてくれます。



2014年5月11日(日)  神の国について
  牧師 坂元 俊郎

 今日は神の国の譬え話を「マルコによる福音書」から学びます。神の国はイエス 様のメッセージの中でも大変大切なものです。

1)宣教:種を蒔く(4:26)

 神の国は「播かれるべきもの」であることが語られます。神の国は蒔かれ続けて来 ました。特に神(聖霊・キリスト)により、預言者により、弟子たちにより、教会の交わ りにより、信徒により、牧師により、宣教され、蒔かれ続けて来ました。今日も神の国 を母の日の愛餐会で蒔き続けましょう。

2)自成:ひとりでに(4:26-27)

 神の国は人の手によらずに、自ずから成長します。人はどのように神の国が成長 するのか知ることはできないと語ります。神の国は独りでに成長するのです。それ自 身の中に成長する力があるのです。その成長を促すように、私たちは神の国と言う 種に仕えるのです。

3)結実:豊かな実ができる(4:28)

 神の国は私たちが知らない間に成長し、いつか実を結ぶと聖書は語ります。神の 国は結実するのです。愛、喜び、平和、寛容、親切、慈愛、誠実、柔和と言った聖霊 の実をパウロはリストアップしています。神の国はこのような実を、この世の中で結 んでいくのです。これが神の国の現実であり、約束なのです。初めは真に小さな種で すがやがて大きな木へと成長します。

4)終末:刈り取りの時(4:29)

 「実が熟すと鎌を入れる。収穫の時が来たからである。」この言葉は、終末の刈り 入れを語っています。最後は熟して神の刈り入れを待つばかりになり、やがて大切 な刈り入れが行われるのです。このことは神の国は終末の喜びであることを示して います。私たちはこの喜びを先取りして、今を喜んで生きることができるのです。何 と素晴らしいことでしょうか。

5)まず:神の国と神の義を(マタイによる福音書 6:33)

 神の国はイエス様によれば、まず第一に求めるべきものとして語っています。私た ちは「これが欲しい、あれも欲しい」と心を使います。しかし私たちには優先順位をつ ける必要があります。この優先リストの第一番目が「神の国」なのです。神の国をま ず第一に求める信仰を頂きましょう。




2014年5月4日(日)  聖霊の現臨の場としての教会
  牧師 坂元 俊郎

 イエス様は聖霊を軽んじることを厳しく戒めました。(マルコによる福音書 3:29)今 日は聖霊の現臨の場としての教会について書いてみましょう。

1)聖霊によらなければだれも・・・(コリントの信徒への手紙一 12:3)

 パウロはイエスが主であると告白するのは、聖霊の働きであると述べています。教 会はこの告白によって成立します。つまり教会は聖霊が働いている現場なのです。 この事はただ単に魅力ある人間によって教会が形成されていることを意味しませ ん。又牧師の力量や魅力によって教会が形成されていることではないことを示して います。また単に役員やメンバーの努力で教会が形成されていることでもないので す。教会は人とは別の、聖霊が実際に働く現実の場所なのです。

2)一同は聖霊に満たされて、霊が語らせるままに(使徒言行録 2:1-4)

 ペンテコステの日の出来事を聖書は上記のように書いています。聖霊は一同に働 きました。集まっていた人々、集まっていた群れに働いたのです。1人ではなく、複数 の人々に同時に聖霊の力が働いたのです。それは教会の本質を示すと言って良い と思います。教会は聖霊の力が共に働く場なのです。聖霊は神より来たりて、人々 の群れである教会に語りかけるのです。聖霊は祈り、説教、奉仕などの中に、直接 働きかけます。そのようにして、教会は聖霊の現臨の場となるのです。教会を教会と するのは、この聖霊の働きなのです。ですから私たちは、礼拝、祈り会、シオン人形 劇団、籐教室、主見の会、教会学校、各会で聖霊の働きを求めましょう。

3)聖霊は御国を受け継ぐための保証である(エフェソの信徒への手紙 1:14)

 パウロは聖霊とは「御国を受け継ぐ保証」と語っています。聖霊は私たちに神の国 を仰がせ、神の国へ導き、神の国がこの世に来たるようにと働くものであると語りま す。聖霊が働く時、神の国を受け継ぐことに確信を持たせ、一層神の国が身近に感 じられていくのです。聖霊は、そのように私たちの信仰を確実にしていく方です。教 会において福音を聞き、説教を聞き、信じる者が起こされ、神による贖いを確信さ せ、私たちが深く神のものであることを確信させ、神の御名をたたえる者へと変える のです。教会はその意味で聖霊が働く現場なのです。あなたは、今日聖霊の臨在の 現場にいるのです。何と幸いなことでしょうか。