レター・ヘッド  : 湘南台バプテスト教会

今週のレター・ヘッド2014年4月


2014年4月27日(日)  フィリオクエの神:連合総会のために
  牧師 坂元 俊郎

 本日、神奈川バプテスト連合の総会が藤沢バプテスト教会で行われます。今日は 教会はなぜ連帯し、協働し、協力し合うかについて書いてみましょう。

1)フィリオクエの神

「フィリオクエ」とは、相互内住という意味で、三位一体の神の特徴を示す言葉で す。父なる神と子なる神イエス・キリストと聖霊なる神が、独立を保ちつつも相互に内 住することを示します。三位一体の神とは、父なる神の中に子なる神イエス・キリスト と聖霊なる神が内住し、子なる神イエス・キリストの中に父なる神と聖霊なる神が内 住し、聖霊なる神の中に父なる神と子なる神イエス・キリストが内住するのです。三 位一体の神はそれぞれ独立しつつも相互内住する神なのです。この三位一体に関 する聖書の告白は、人間の倫理にもあてはまるものです。

2)宣教の協力:他者を絶えず内に含む信仰

 1つの教会では宣教の力に限界があることは確かです。私たちは相互協力するこ とによってこの世に宣教することができます。連合内で言えば無牧師の時代に牧師 や音楽主事等を連盟や他の教会から招いて、伝道方策や教会の再編成や教会教 育のあり方を考えることはフィリオクエの神にふさわしいことです。支援金や回転資 金で会堂を建てたり、改築などを行い、新しい伝道を展開していくことはフィリオクエ の神を示すことでもあります。相互の教会を覚えあい、互いに助け合って、相互に祈 りの中にあることは、フィリオクエの神にふさわしいことなのです。

3)神奈川連合の課題に共に取り組む

  自分の教会で精一杯だ、ほかの教会のことなどかかわる時間が無いと、他の教 会や他者について興味が薄れていくと、宣教の働きは縮小してしまうのが現実で す。時間、財政、能力などを上手に使って協力したいものです。川崎、横浜、横浜山 手、横須賀長沢、相模中央の無牧師の教会のため祈ってください。また厚木国際伝 道所、新大和伝道所、座間伝道所、鎌倉台伝道所が成長できるように祈ってくださ い。これらの伝道所は大きな試練の中にあります。青年や中高生や小ひつじ会など の「時代を担う人々」が少ない教会も少なくありません。支え合い、協力してリーダー 養成ができるように祈って下さい。フィリオクエの神を現していきましょう。



2014年4月13日(日)  執事就任式について
  牧師 坂元 俊郎

 3月23日に私たちは教会総会を行い、新しい執事を選出し、承認しました。今日は その執事の就任式を執り行います。

1)執事職への奉職

奉職とは多少古めかしい言葉、縦社会のニュアンスを残した言葉かも知れませ ん。しかし奉職は献身的にその仕事に一身を捧げるというニュアンスがあるように思 います。  執事の職務は、ある意味で教会への責任が求められる仕事でもあると、思わされ ています。  バプテスト教会は会衆主義を標榜していますが、その主張を内実化し、実のあるも のとし、会衆とはどのような責任を果たすものであるかを身をもって証ししていくもの は執事であると思います。教会の活動、教会の予算、教会の信仰告白、教会の将 来のビジョン等について深い洞察が求められる働きです。

2)教会員と執事

 教会員は執事を負う責任があります。安易な批判や個人的な好き嫌いで執事に 対応しないように心がけたいものです。執事の弱点や弱さを共に負うという大切な役 目があります。選びっぱなし、執事への無関心や競争ではなく、むしろ支え、祈り、 肯定的に執事をサポートすることが大切な働きです。信徒と執事が協働する教会が 新しい人々を加えて行くのです。 信徒が「執事は同じ人が選ばれ、教会は代わりばえがしない。」と嘆くのは簡単で す。しかし信徒はこのような批判以上のことを求められます。教会員と執事は協働し て教会を形成していく責任があるのです。

3)執事と牧師の協働

  教会の「職」として立てられた執事は会衆と牧師と協働しつつ、宣教の働きに献身 していきます。執事はそれぞれ礼典・音楽、教育、総務、財務、伝道の与えられた分 野において年間計画に沿って総会承認事項を実行していきます。多くの準備を用す る働きですので、必要な事項を早めに勘案し、牧師と相談しながら計画を実践した いものです。牧師と良く対話し、良い関係を保ちながら共に主の働きが堅実になされ ていくように、協働していきたいと思います。  いつの時代も宣教の働きは困難ですが、与えられた働きを通して主の働きを担っ て行こうではありませんか。主は今日も明日も変わることなく、わたしたちと共に働い て下さいますから。


2014年4月6日(日)  学ぶということ〜教師就任式にあたって〜
  牧師 坂元 俊郎

 3月23日に私たちは教会総会を行い、新しい活動を承認しました。教会学校は、そ の活動の最も大切なものです。学び続けることの大切さについて書いてみます。

1)バプテスマを受けてから

 「バプテスマを受ければ霊的な成長は自動的に起こるとか、バプテスマを受けて信 仰の全部が分かるというのは成熟神話である」とあるアメリカの著名な牧師が言って います。キリスト者は成熟していくために色々な試練に耐え、苦難を乗り超える努力 もしなければなりません。学ばない、祈らない、賛美しないなど信仰を放っておいて は、成熟の道を歩いて行くことはないのです。ジョン・バンヤンの「天路暦程」ではあ りませんが、キリスト者は試練や訓練を受けて学び続け、キリストの姿を生涯追い求 めるものです。キリストと共に謙遜に学び続けるものです。

2)キリスト者の成熟は知識によるか?

 上記の牧師は次のように書いています。「霊的な成熟をどれだけ聖書の人物を知 っているか、どれだけ聖書の章句を説明できるか、どれだけ神学的な説明ができる かで評価する。それらは基礎ではあるが霊的成熟とは違うものである。」ここに聖書 の教育の基本があるように思います。  「聖霊の実」(ガラテヤ5:22〜23)の豊かさが 身に着くことが大切です。  アメリカのバージニアで学ぶ機会がありました。霊性の 教授ヒンソン先生は深い霊的な感性を感じさせる先生であった。先生の柔和さ、語 り口調、丁寧さは日常の何気ない会話が霊的洞察を持った言葉でした。

3)霊的な成長は凡人には不可能、出来るのは一握りの選ばれた人だけか?

 更に続けて上記の牧師は「残念ながら多くのクリスチャンは霊的な成熟は自分に 不可能と感じて試みることさえしない。」と語っています。聖書は難しい、聖書は分か らない、自分には才能が無い、堅苦しい学びは好きではない、など多くの理由で聖 書から学ぶことを拒否している人がいるのも事実です。また祈りは牧師や牧師の妻 の仕事であって信徒とは関係ないと言う人もいます。祈りなんて、厳しい自分たちの 生活には何も影響しないとあきらめている人もいます。キリスト者とは生涯にわたっ て成熟し続けていくことを意味します。子どもでも、大人でも、貧しくても、富んでいて も、人はキリストの姿を目標として成熟し続けるのです。